| 慌てて訂正!!メンデレス川!! |
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 時間が空いてネットを歩くついでに何気な~く遺跡を調べていたら、このHPのなかでちょこっとだけ喋っていたメンデレス川(古名のメアンダー川の名で聞いている人もいるのではないでしょうか?)のことでとんでもない間違い記述をやらかしていたことが判明… こそっと訂正しておきました…
ヒッタイト帝国ともよく絡んでいたアルザワ国はアナトリアの西のほうにあった国だし、メンデレス川もまたアナトリア西部の川なので… 地図を眺めつつ、ふたつを結びつけてしまっていたんです~
アナトリア高原という場所が古い歴史を持っていて、当然遺跡もてんもこり☆ということは周知の事実。 さきほどの話題のメンデレス川の近くにも遺跡はちゃんと存在していたりします。
が!! よくよく調べると、この川の近くにある遺跡で有名なのはミレトス、アレクサンドロス大王様の生きていた時代に前後するくらいの頃に最盛期を迎えていたプリエネ(大王様も立ち寄ったとか…)、それと、栄えていた当時はアポロン神殿で有名だったディディマ(ディディム)などの遺跡なのでございます。
調べたところだと、アルザワ国に関係のある川の名前は、国境付近を流れていたアスタラという川だそうですね。 川というよりも、トルコでは「チャミチ湖(またはバファ湖)」と呼ばれている湖のほうがアルザワ国に縁がありそうなかんじがします(と言いつつ…コレが塩湖だったらあんまり役にたたないわ★) そして、篠原さんの「赤い河」では「ヒエラポリス」と記述されていた古代アルザワの都はオリエント方面では「アパサ」と呼ばれていたのかな?と考えています(「ヒエラポリス」という読み方だとどう考えてもギリシャ語読みなので、ギリシャ文明時代以前のオリエント文明圏の人はこの町をどう呼んでいたのか…ちょっと気になっていたのです)。 調べたところにそうした「アルザワのアパサという町」という記述を見かけたので…。
アルザワ国もちょっとつっこんで調べようと思うと日本語の資料のなさに泣かされるですが、ネットでちょこちょことつついてこんなかんじでぽっと出てくると、「悲しいほどの資料不足」という現実を知っていても調べたくなっちゃいますね♪ ちょこちょこと調べていて出てきた「アスタラ川」が古名なのか、これが現代名なら古名はどんな名前だったかもちょっと気になっちゃってるし(「ティグリス」「ユーフラテス」もオリエント時代読みの「イティグナ」「ブラヌン」で読むとなんか雰囲気変わるもんね~♪)☆
アスタラ……… そういえばよく似た名前で、「プリアモス王の宮廷の黄金をまかなっていたかもしれない」という伝説つきの「アスティラ」なんて遺跡もあったっけ……… しかも同じアナトリア。
遺跡関連ってちょこっとつついて何か出てきたら、そっからさらに芋づる式に「?」が生まれちゃいますね。 まさに「出口の無い、魅惑的な迷宮」。
―でも……… 調べものも師走が過ぎて、本屋さんや図書館なんかにいく時間ができてからの話だわ…………
はぁ…(←現実を思い出して、はしゃぐのが止まった女城主)…
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12月19日(月)01:16 | トラックバック(0) | コメント(0) | 更新記録? | 管理
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